■サクラフブキ。(カネ×ミノ) 巡業が終わって東京に帰ってきたら、桜が満開になっていた。 道場に間違って運ばれてしまった荷物を取りに行ったついでに、多摩川で花見と洒落込んでみた。 すごくいい天気。俺は荷物を取りに行くのを後回しにして、多摩川の土手を歩く事にした。 まだ昼だというのに、もうお花見で盛り上がってる主婦のグループがいた。 その向こうには、大きなシートを敷いて一人でごろ寝するサラリーマン。 きっと夜になったら同僚たちがやって来て、大宴会をするのだろう。 こんな日に昼寝して過ごしてるだけで給料をもらえるなんて、ちょっと羨ましい。 俺なんて昨日までのシリーズで、身体のあちこちをを痛めてるというのに…。 でも、プロレスラーにならなかったら体験出来なかった事もたくさんある。 いろんな土地に巡業で行ったり、その土地の美味しいものを食べたり。 試合を通じて、たくさんの人に自分の事を知ってもらえたり。 街中で「頑張ってください」って声をかけられる事もある。 こうやってたくさんの人に出会えるのも、レスラーになったおかげだと思う。 出会い―――あの人に出会えたのもそうだ。あの人と一緒に時を過ごせたのもそうだ。 そして、あの人を好きになったのも……。 「…そういえば、去年は一緒に多摩川でお花見するって約束してたんだよなあ」 結局あの人が怪我して入院してしまったから来られなかったけど。 でも、病院の中にある桜を一緒に見に行ったっけ…。 「来年こそは多摩川で花見しよな。めっちゃキレイやでー」 ニッコリ笑って、あの人はそう言った。 「…また約束破られちゃったなあ」 俺は立ち止まり、ため息をついて桜を見上げた。 「キレイだなあ。ホントにキレイだ…」 あの人の言ってた通りだ…。 一緒に見るって言ってたのに…俺の横にあの人の姿はない。 俺は来年も一人でこの桜を見に来るのだろうか? この桜を見る度に、あの人との約束を思い出すのだろうか? この桜を見る度に、あの人への想いを募らせていくのだろうか? そんな事を考えていたら…目に涙が滲んできた。 俺はそれが零れ落ちないように、ずっと桜を見上げていた。 強い風が吹いて、桜の枝を揺らす。舞い踊る桜吹雪。 俺の代わりに泣いてるみたいな桜吹雪が―――とてもキレイで悲しかった。 20020329 |